拝啓、三百代言様

 オレの会社の経営が苦しくなって、債務の整理をしなければならないというときに、友人として昔からつきあいのある弁護士に相談に行った。
 そうしたら、債務整理にはこの人が適任だと言って、その弁護士の義兄、つまり自分の奥さんの兄さんに事情を説明するようにと指示された。
 あちこちから借りまくったので火の車だが、なんとか会社を再生させたい、倒産や自己破産は避けたいとその人に説明したら、彼はこう言った。
 「いや、それは無理。こんな場合は、倒産させるほうが簡単だし楽。そのほうが立ち直るのが早いの。」
 こちらの言うことには聞く耳を持たない。
 倒産や自己破産は、一種の「逃げ」だ。法律上は一切の債務がチャラになるかもしれない。しかし、その道義的責任は一生消えることがない。石にしがみついても再生させ、返すべき人には返済していかなければならない。
 そんな説明をしていると、くだんの弁護士が出てきてこう言った。
 「あんたはね、A、B、C、D、Eとランクがあるとしたら、Eクラスの債務者なんだ。つべこべ言わずに、こちらの言うとおりにしなさい」
 この暴言にオレはプッツンした。
 「上等じゃないか。“E債務者”とは、いいネーミングだ。ぼくのペンネームにさせてもらいましょう」が最後の言葉だった。
 すでに数十万円の着手金を支払っていたが、オレはその弁護士への依頼を取り下げた。
 そしてその弁護士に次のような趣旨の手紙を書いた。
 「あなたは、もう忘れたかもしれない。昔、あなたが自分自身の離婚問題に悩み、このぼくに相談に来たのを覚えていますか。あなたは自分が弁護士を目指して勉強している時代にあなたの生活を支えるために夜遅くまで働いてくれた糟糠(そうこう)の妻を捨てて、弁護士になってから恋仲になった、自分の秘書と結婚したいと思い悩んでいましたっけね。
 弁護士の立場上、誰にも相談できず、ぼくたち夫婦の前で心情を吐露したとき、ぼくはあなたを非難したでしょうか。『一丁前の地位を得たとたんに、それまでさんざん苦労をかけた妻を捨てて、ほかの女に走るとは、ロクでもないEクラスの男だ』とでもあなたをののしったでしょうか。あなたの本心を見抜いたぼくは、『自分の心に正直に行動するべきではないでしょうか』とだけアドバイスしましたね。
 あなたはその言葉を勝手に自分なりに解釈し、結局離婚に踏み切った。その後、元の奥さんは、持病が悪化し、50代の若さで亡くなった。
 ぼくは、医者は身体を癒す人だが、弁護士は心を癒す人だと思っていました。単に法律上の知識やテクニックを振り回すのではなく、依頼人の願いをよく聴き、その悩みを和らげることも職務とする、尊い仕事だと思っていました。
 しかし、今のあなたはどうでしょう。依頼人の心のケアなど眼中にない。仕事の効率ばかりを追い求め、カネにならない仕事は引き受けない。挙げ句の果ては高圧的な態度で依頼人に説教をする。弁護士の所に行くくらいなら、占い師にでも相談したほうがましだと、よくわかりました。」
 「ところで、弁護士の資格のない人に法律相談をさせてカネをとる行為は、法律上の罪に問われることはないのでしたっけ」とは、武士の情けで書かないでおいた。
 この一件があったために、オレはかえって燃え上がった。こんな人間がのうのうと偉そうな顔をして世の中にはびこっていられるなら、オレが立ち直れないはずがない。オレにはカネも地位もない。でも、プライドを捨ててまで生きていこうとは思わない。
 今、こうしたエピソードを書けるのも、オレが自殺したり安易な道を選ばずに、がんばってきたからにほかならない。ありがとう、N弁護士。あなたのおかげです。
                 ――E債務者より愛を込めて
 

弁護士ほど、質にバラツキのある職業はない

(C) 2006 Mitch Takeshita